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小学校現場で奮闘している広島の教師が、目ざす子どもの姿の実現のために「いい授業をしたい」「楽しい学校生活を提供したい」と集って学び合っています。


どんな子どもを目ざしているのか

「教育の役割」ということから話す研修の機会をいただきました。

当然教育は、子どもたちのよりよい人格形成にかかわるものでなければなりません。

 

そして、教師のタイプとして、主に教え込みや鍛える方法をとる教師と、子どもたちが自ら学びたいと思えるような興味や関心を引き出し、活動に向かうようにする方法に軸を置く教師に大きく分かれていることを、改めて考えました。

 

「児童の主体性を育み自立に向かう力を!」「生きる力を!」「アクティブに!」と、いつの時代も主体性を求められてきました。

しかし学校現場では、子どもたちが主体的に物事を考えたり行動したりできない教えこみの方法が、依然として幅を占めている実態があります。

 

これら方法の違いの基盤として、「子ども観」「教育観」の違いがあります。

 

主に教えこみや訓練で子どもの力を伸ばそうとする教育観を持つ人は、「子どもは何も知らない、未熟な存在である。」という子ども観です。

一方、児童の考える場を大事にし、自らが学ぼうとする姿勢づくりに腐心する人の子ども観は、「子どもは本来皆、有能な力や向上心を持っている。」です。

 

これらの相反する子ども観、指導観は、おのずと指導方法の違いを生みます。

この違った価値観が混在する学校は、担任が変わる度に教育方法が変わるという子どもにとっては安心できない落ち着かない環境と言わざるを得ませんし、子どもたちの価値観の形成に迷いを生じさせます。

 

今こそ「教育とは」「子どもとは」「目ざす子ども像は」「教育方法は」等の教育実践の基本について、教師が共通にする研修が不可欠だと、改めて痛感しています。