小学校現場で奮闘している広島の教師が、目ざす子どもの姿の実現のために「いい授業をしたい」「楽しい学校生活を提供したい」と集って学び合っています。


いじめ問題と話し合い活動

昨年7月、遺書のような手紙を残して死亡した女子中学生の問題について、第三者組織「市いじめ防止対策推進審議会」からいじめの実態が報告されました。

その中の「いじめは、小学校低学年のころから・・・」という文字が、彼女の長く深い苦しみを語っていて、小学校教育にかかわった者として一層心が痛みました。

そして、人格の基礎をつくる小学校教育(幼児教育も)が担うものの重要性を改めて痛感しました。

 

教育基本法第1条の「教育の目的」において、「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身共に健康な国民の育成を期して行われなければならない」と記してあります。

つまり、学校は教科等の学力をつけながら、その学習活動や学校生活全般を通して、よりよい人格の形成を目指さなければならないのです。

 

 

 私はかねてから、子どもの人格形成や生き方にかかわる教育の課題は、一つには生徒指導上の問題の解決方法(教育方法)にあると考えてきました。

 

 

児童の問題行動があった時、教員を交えた当事者のみでの話し合いでその解決を図ろうとする方法が採られることがよくあります。

しかし、当事者だけでの指導では、教師の説教に陥りがちで根本的な解決には至らないことが多いのです。

(問題によっては、この方法が最適であることも当然ありますが・・・)

 

 

大抵の場合、「友達が誰とどのようなトラブルを起こしたのか」「どこに問題があったのか」「これからどうすればいいのか」・・・等をクラスの全員で話し合うことが大事だと考えています。

友達の失敗を自分の問題として考え、話し合いによって周りの友達の多様な考えに触れることで自らの考えも深まります。

子どもはトラブルを起こした者の気持ちにも起こされた者の気持ちにも寄り添えます。どの子も本来極めて公正です。

当事者だけではなく、全員が加わることによって一方的な見方やわがままは通用しません。

話し合いの末に、「これからは、こんなことに気をつけよう」というクラスの約束が定まります。

約束を破りそうな事態が生じたら注意し合います。

このような日々の小さな話し合いの積み重ねによって、子どもたちは、よりよい価値観に気付き、みんなで決めた約束を一緒に守ろうとします。

友だち同士の連帯感も深まります。

 

学校は、このように友達とかかわり合いながら、小さな一つ一つの問題を生きた教材にして皆で話し合うことによって、一緒に解決する経験を積み重ね、よりよい価値観に向かって実践力を高めて、教育基本法の言う「平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質」を備えた人格を形成する所であると考えます。

  

 

いじめは子ども同士の人間関係の問題ですから、周りの友を抜きにした解決はあり得ないと考えています。

一人の問題も全員の問題とするこれらの話し合いが常態化すれば、次に何か困ったことがあれば「クラスのみんなに相談しよう」「先生に話してみよう」という気持ちになり、更によりよいあり方が議論されていくことでしょう。

 

 

「いじめ防止」のために急ぐべきことは、研修によって教師自身の人権感覚や問題解決に向かう洞察力を高め、話し合い活動を大事にした教育方法のあり方を学校全体で議論し、学校としての方法を確立させることだと考えています。